メイド、いやっお前男だろっ

男なのにメイドな件

メイドとは女性が家庭内で隷属される立場に置かれる身分だ、そのため海外の人権保護団体からすれば日本国内のメイドカフェなるものを問題視する人もいるでしょう。世界的な視点からしてもメイドが不遇な立場に置かれて働かされていたのは紛れもない事実。そういった点を考えると、メイドカフェなんてひどすぎるという意見も分からなくもない。

そういうと男性の使用人についても同等なのかといえば、そうでもない。アメリカ独立戦争時においても男性使用人は税金徴収の対象であったため、男性の使用人というのは女性の使用人とは立場が異なります。特に男性使用人の頂点とも言える『執事』ともなると、主人の部屋にノック無しで入室できるほど、使用人の管理人という点で見ても破格の待遇となる。

けれど現代でもそうだが、男性が家事代行を行うといった印象はない。主夫という言葉こそ広がっていますが、印象的に見れば男性は外で働くのが当たり前という価値観はいまだ強い。実際に主夫をしている人もいますが、家で妻を待ちながら家事をするのと実際に他人の家に出入りして家事をするでは、意味合いが異なってくる。そもそも男性の家事代行スタッフに仕事を任さえたくないと考えている人も多そうだ。乱暴に扱いそうだといった不安もありそうだが、やはり世間的な面で女性の方が色々と都合は良いのかもしれません。

男性の使用人というと、思い当たるのは執事、ここでいうところのバトラーに当たる人の他、庭師という人たちだろう。万が一にも男性が『メイド』という枠には当てはまらないのですが、それをしてしまった作品があります。筆者的にはロベルタ以上に印象が強くて、斬新すぎるとして一発でハマった仮面のメイドガイの『コガラシ』が挙げられます。また最近では少年メイドの『小宮千尋』という、少年なのに何故かメイドの格好をさせられたケースもある。

男なのにメイド、概念的に考えてもありかどうか。

実は結構共通している部分がある

コガラシと千尋の2人、見た目からしても2人は全くタイプが異なります。前者は長髪に白銀色の仮面を付けてエプロンドレスのような服装を筋骨隆々の男性が身につけたという、何処の不審者ですかと言いたくなる様相だ。後者の千尋は、唯一の肉親だった母をなくして天涯孤独と思われていたが、ある日突然叔父が迎えに来て大きな屋敷に住むことになった、ごく普通の小学生。何から何まで対象的な2人ですが、共に作中ではメイドとして仕事をしています。

厳密に言えば使用人として家事を行っていますが、実はここで共通しているのがどちらも『家事について言えば非常に優秀だ』という点が挙げられます。男なのにメイド、しかも互いにメイドとすれば優秀というからこのアンバランスさが面白い。

比較してみる

コガラシの場合

存在そのものから異常といえるコガラシだが、主人に対してぞんざいな態度や高圧的な言動こそあれど、諸々の家事については評価がある。黒魔術を髣髴とさせる料理は宮廷料理人顔負け、頭脳はマサチューセッツ工科大学で教鞭をとっていたほどの頭脳明晰さを持ち、加えて高い戦闘能力を有しあらゆる危機から主人を守り通すことが出来るほどの強靭さを身に着けている。ぶっちゃけて言えば死んでも死なない、死んでも蘇るという不死性を持っているので半ば人間ではない。

そんなコガラシだが、彼がいなくなるだけで生活が成り立たなくなる主人公たちのことを思うと、なんだかんだで翻弄されながらも頼りにしている面がある。

千尋の場合

小学生でありながら家事ができるのだが、その理由には母親が天性のドジっ子で何をしてもダメな人だったことが関係している。拙い動きで家事をしている姿に耐え切れなくなった千尋が一念発起して、母に変わって家の家事を全て取り仕切るようになったことが経緯だ。それは物心ついた頃から行っていたせいで、母を亡くした11歳になる頃には大人顔負けの主婦力を持つようになる。

そのこともあって、当初は一緒に住む事を拒まれた叔父が彼に使用人として住もうと提案された際になぜか渡されたメイド服を来て、屋内の家事全てを取り仕切ることになった。それもあって叔父の屋敷は当時千尋が来たときはゴミ屋敷だったが一夜にして改善されたというほど。そのことを喜んだ叔父と彼のサポートしている秘書だったが、たまに自分たちで掃除をすることもあるが、その度に酷いと辛辣に説教されてしまう。小学生に叱られる大の大人2人という稀有な光景が楽しめ。

メイドたるもの、仕事は完璧であれ、か?

ロベルタにしても茉莉花にしても、そしてたまにしてもメイドという枠で固められた二次元のキャラクターは様々だ。テンプレなメイド像もいますが、中でも男なのにメイドという枠にあるコガラシと千尋は特殊と言える。男性の使用人とは本来執事に当たり、コチラであれば黒執事などの作品で例はあるが、メイドという時点で意味が異なってくる。ただ見た目や生い立ち、それこそ怪物と常人という時点で既に比較の対象外なんですが、仕事ぶりが優秀という点が似ているのはどういうわけか。

女性のメイドキャラも優秀な人は存在しますが、彼らほど奇抜なキャラクター性があるわけではないのでインパクトに欠ける部分もある。日本が生み出したメイド観、それはいつしか性別の壁すら飛び越えてしまったようだ。

メイドカフェから見る、日本の歪曲されたメイド像