メイドとは本来こういうもの

元は『奴隷』を意味していた

日本におけるメイドというものはかなり特殊な立場になっている。気付けばまるで神様を崇めるかのように、崇高な存在へと昇華された。言い過ぎではないはずだ、なにせメイドカフェで特定の女性と会うためと称して、何百万円と売上に貢献しているという人がいるほど。それは本当にごく普通のメイドカフェのメイドなのかという疑問もありますが、それくらいオタクならば当然と言えるくらいにお金を出してしまいます。それで生活苦になっていたらどうしようもないんですけどね。

ですが海外、地域によっては女性蔑視と見られてしまうのも事実です。この点を知っているか否かで大分メイドというものも見る目が変わってくるはずだ。どうしてこんなに可愛いのに差別的な扱いをしていると思われてしまうんだろう、そう疑問に感じた人は調べていくと見える真実に目を凝らしてください。

元々メイドとは『家庭内において隷属されるべき立場』の人だという点だ。これは何も海外だけでなく、かつての日本に存在した『奉公』という点とさして変わりません。奉仕活動をする女性ないし、男性たちにとって1つの家屋内で仕えることはそういった立場にあるのだと思い知らされるのです。元は野卑な身分の者が行う職業であり、それがメイドというものの本質に関わってくるため海外ではメイドカフェで働くなど、正気の沙汰ではないと思われてしまうのだ。

日本ではそうした価値観が見られないため、一種のアトラクションとなっている。自分たちが奴隷などと、メイドカフェで働いている女性は立ちは夢にも思わないだろう。ただ自分たちがしている仕事が、かつてどのように見られていたのかを考えるとメイドというものに対して見方も変わってくるはず。

現在は衰退している

日本にも多少なりとも家政婦、お手伝いさんという概念は存在していますが、いざ雇っているという人はそこまで存在していません。仕事としてはあるかもしれませんが、需要を考えると敬遠する人が多そうだ。それは世界各地、それこそイギリスなどでもその数は年々少なくなってきている。しかし労働力とすれば完全になくなったわけではない、衰退しているのは屋内に住み込んで働くような、フルタイム性のメイドだ。

現在の先進国ではよほどの資産家でもない限り見られなくなっているので、想像が付かないという人もいると思います。発展途上国では現在もそのような旧い体制は残っているでしょうが、女性に対する偏見から雇おうという雰囲気ではなくなってきている。

ではどうしてメイドを始めとした使用人を雇うのが一般的になったのかというと、その理由は社会的な立場が絡んでいたからだ。

ステイタスとして

使用人を雇っている、1人よりも2人・3人と、多ければ多いほど良いとされていた。それだけ多くのメイドがいれば自分たちがどれだけ資産があって裕福な家柄なのかということを誇示できたから、それが一番の理由になっていたのです。要するに自分がどれくらい凄いのかを表現するための道具であり、メイド自身の人権や意思といったものは蔑ろにされていた。給金についてもきちんと払うにしても、その額は微々たるものと劣悪な労働環境だったというケースもきっと多かったと思います。

それでも広がっていった背景には、アメリカ独立戦争が絡んでいた。これは当時戦費を捻出するために政府が男性使用人を雇っているなら課税するのに対して、女性使用人を雇っても課税対象外と判断しからです。女性差別という点はこういうところから来ているのもあり、女性がメイドとして奉仕するのは当たり前だとしてますます奴隷的に見られるようになっていった。男性よりも女性を雇うほうが安いから、これがメイドが一般的になったかと思うと胸中複雑なところがある。

世界的に広がっている

中世から近代、そして現在までメイドという仕事は普及しては衰退していくようになる。イギリスなどではメイドとして働きたいと思わない女性がいるのに対して、こちらも一部の国によって考え方が変わってきます。中でもメイドを雇うことなど普通だと言いのけてしまえる国が地域ある。『香港』と『シンガポール』だ、この2つではメイドという働き方はごく定番かつ人気で手軽にできると評判がいい仕事になっています。

それに対して中東圏のサウジアラビアやクウェートなどでもメイドを雇用することは普通に行われていますが、主人との関係が必ずしも良好だったり、労働環境が整えられているかというとそうではないケースも見られています。

メイドカフェから見る、日本の歪曲されたメイド像